『阿弥陀堂だより』  南木佳士 (1995, 文藝春秋)

主人公は、42歳の売れない小説家。
奥さんの心の病(恐慌性障害:パニック・ディスオーダー)をきっかけに、主人公は東京から出身地の信州の
過疎の山村に引っ越すことにした。
 
二人はもともと高校の同級生だった。奥さんは大学を卒業後、優秀な医師として東京で活躍。主人公は、新人賞は取ったもののそのあと書く小説がさっぱり売れない。
「十分な収入があり、多忙で有能な妻。稼ぎはなく、家事しかできない無能な夫」という世間の目を気にしながらも、忙しい奥さんを主夫としてバック・アップする生活を続けていたが、奥さんが心の病を発症してしまう。
 
主人公の故郷の大自然の中で、地域の老人や村の人たちとの触れ合いの中、次第に体調を取り戻していく。
その過程で、病気の妻を優しく気遣い、支える主人公の姿が感動的だ。
彼は妻に向かってこう言う。「この病気はもしかしたら、人生の後半は前半みたいにつっ走るんじゃなくて、
少し生き方を変えてみたらって神様が教えてくれているんじゃないか」

人生で大切なものは何かを、ふと考えさせられる。人生の後半・・・
 
著者の南木佳士の本職は、内科医。
著者は、この作品の中で主人公が売れない小説について述べている箇所がいくつかある。
「書かなければおれなかった哲学的背景、あるいは人生の本質に直結するテーマ。そういうものの感じられない作品は文学ではなく紙屑とおなじ」
「うその話ですけど、ほんとのことを伝えるためのうそ話って言ったらいいかな。」
「小説とは阿弥陀様を言葉で作るようなものだと思います」
「起承転結はそれなりにしっかりしている短編なのだが、人間存在の真実に触れる一言半句が見あたらない。悲しみを描いていながら、どこか突き抜けた明るさが必要なのだが、それもない。要するに駄作である」
 
230ページほどだが、一気に読めてしまう。読んだあとの後味も良い。